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奥武蔵グリーンラインを一本杉峠から鎌北湖方面に向かうと左手に出てくるお堂にいらっしゃるお地蔵さまです〜。
北の方角を向いているため、「北向地蔵」と言われています。

実は「北向地蔵」は全国に多くあります。
比企郡吉見町にも、有名な北向地蔵があるほか、宇都宮や大阪にもあります〜。
全国にはおおよそ2万体以上のお地蔵さまがありますが、北を向いているのはそのうち1000体ほどだそうです。そのため、北を向いているお地蔵さまが特に「北向地蔵」として祀られることが多いというワケですね。

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なお、毛呂山町の「北向地蔵」は、天明の大飢饉(1783年〜84年頃)に発生した疫病を防ごうと、権現堂村の市川源太夫勝豊氏は里人48名と一緒に、野州岩船地蔵尊へ祈りました。
野州というのは、下野国(栃木県)のことです〜。つまり、市川氏は48名の仲間と一緒に栃木にある岩舟地蔵尊へ、祈りに行ったということになります。
そのとき、岩舟地蔵尊の分身として3体の地蔵を譲り受けました。その後、天明6年(1786年)に現在の場所へ地蔵を祀ったそうです。その際、栃木にある岩舟地蔵尊の方向を向いて建てた際に北の方角を向いていたために「北向地蔵」と呼ばれるようになった、ということだそうです〜。

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今でも赤い前掛けなどをしており、現在も信仰を集めていることがわかります〜。

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3体のお地蔵さまは、きちんと並んでいて、なんだか可愛らしいですね。

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北向地蔵はハイキングコースの途中にあり、経由地としても有名です。
私が足を運んだ日も、ハイカーが途切れることはありませんでした。ハイカーの皆さんは、道中の安全を願って、北向地蔵に手を合わせていたのが印象に残りました。

祀られた当時は疫病をおさめる、疫病や天災で亡くなった人を供養するお地蔵さまでしたが、現在は男女逢瀬をとりもつ縁起地蔵としても有名です。


北向地蔵(毛呂山町)